2021年度東北大学法科大学院前期入試 再現答案 刑法

第1. Yの罪責
 1. YがVを殺害することになってもやむを得ないと思いながら、ナイフを用いてVの胸部付近を数回強く突き刺し、Vを死亡させた行為について殺人罪(刑法[以下法令名省略]199条)が成立する可能性がある。
 2. (1) まず、ナイフで胸部付近を数回突き刺すという行為は、人の死の結果を発生させる現実的危険性を有する行為であると言えるため、殺人罪の実行行為に該当する。
     (2) 次に、YはVを殺害することになってもやむを得ないと考えているため、故意も認められる。殺人罪の構成要件を満たす。
 3. もっとも、Yが上記行為に及んだのは、VがいきなりYの襟首を掴んで引き釣り回し、手拳等で顔面を殴打され、足蹴りにされたからである。そこで、Yに正当防衛(36条)が成立し、違法性が阻却されるのではないか。
      (1) 「急迫」とは法益侵害が現に存在しているかまたは間近に押し迫っていることを言う。本件では、YはVに路上に殴り倒され、腹部を強く蹴られており、かかる状況からすれば、再びVが攻撃してくることが考えられるから、法益侵害が間近に押し迫っているといえ、「急迫」性の要件を満たす。加えてVの攻撃は「不正」であるため、「急迫不正の侵害」が存在している。
      (2) 次に「防衛するため」であるが、行為の社会的相当性を判断するためには行為者の主観面を考慮に入れるべきなので、防衛の意思を要求すべきである。本件はもっぱら身を守るために行為に及んでいるため、「防衛するため」の要件を満たす。
      (3) 最後に「やむを得ずにした行為」であるが、正当防衛は正対不正の関係にあるため、必ずしも防衛行為が唯一の侵害回避手段であることは要求されないし、厳格な法益の権衡も要求されない。したがって、反撃行為自体が防衛行為としての相当性を満たしていれば「やむを得ずにした行為」といって良い。本件では、一方的にVがYに対して攻撃を加える形となっており、そのような状況下で、Vからの侵害を回避するためにナイフを用いることもやむを得ないと言える。したがって、「やむを得ずにした行為」と言える。
 4. 以上から、Yには正当防衛が成立し、Yは何ら罪責を負わない。

第2. Xの罪責
 1. XがVに暴行を加えることを決意し、Yと共謀をはかり、YにVを殺害させた行為について、殺人罪の共同正犯(60条)が成立することが考えられるが、Xは、YがVを刺しても、Vが死ぬことはないだろうと軽信しているため、殺人罪の故意が認められない。そこで、傷害致死罪(205条)の共同正犯に問擬する。
 2. (1) Xは自ら実行行為を行なっていないため、共同正犯として処罰できるか問題となるが、自ら実行行為を行なっていない者であっても、相互利用補充関係に基づく共同犯行の一体性が認められる以上、共同正犯と見ることに問題はない。したがって、①意思連絡②正犯意思③①に基づく実行行為があれば共同正犯が成立する。
     (2) XはYに対して犯行過程を指示するなどしてYを説得し、YがV殺害に及んでいるため、意思連絡、意思連絡に基づく実行行為が認められる。また、XはVに暴行を加えることを決意しているため、正犯意思も認められる。
     (3) 以上より、傷害致死罪の共同正犯の構成要件を満たす。
 3. (1) 上記のように、Yは殺人罪の故意、Xは暴行の故意をそれぞれ有しているため、共犯者間で故意が異なる。このように異なる故意を有するものとの間で、共同正犯が成立するか。
     (2) 相互利用補充関係に基づく共同犯行の一体性からすれば、共同して特定の構成要件を実現したという事実を要するため、故意が異なる場合共同正犯が成立しないかにも見える。しかし、構成要件的に重なり合う範囲については犯罪の共同が認められる。したがって、その限度において共同正犯が成立する。
     (3) 傷害致死罪は殺人罪と構成要件的に重なり合うため、傷害致死罪の限度で共同正犯が成立する。 
 4. (1) もっとも、XはYとVが喧嘩になり、Yが携帯しているナイフでVを刺すことになることを予想し、またはそのことを強く願っているため、Xには積極的加害意思が認められる。そのため、Xに正当防衛は成立しない。共犯者間で違法性阻却事由の有無が異なる場合、犯罪の成立にいかなる影響を及ぼすか。
     (2) 共同正犯においても共犯従属性の議論を排除する理由はない。そして、共犯従属性においては制限従属性説が妥当である。共犯の処罰根拠は共犯者を通じて間接的に法益侵害を行う点にあるところ、共犯者が違法な行為をなした事を要し、かつ、それで足りるというべきだからである。
 したがって、正当防衛は違法性阻却自由だから、原則として共犯者間で連帯する。
 もっとも、共犯者のうち一人に積極的加害意思がある場合は別に考えるべきである。かような主観的事情は行為無価値的な違法要素であると考えることができ、そのような違法要素は連帯しない。
  (3) 本件でも、Xには積極的加害意思が認められるため、Xの違法性は阻却されない。
 5. 以上より、Xは傷害致死罪の共同正犯の罪責を負う。