令和5年司法試験 商法 再現答案

時間120分(構成25分) 6枚前半 予想B→A評価

 

第1 設問1 小問1

1 Gは、代表取締役であり「役員」(423条1項)であるAに対し、甲社に5000万円の損害が生じたとして、423条に基づき損害賠償請求を行う。

 この要件は、①「任務を怠った」こと(以下、「任務懈怠」②「損害」③①と②の因果関係(「よって」)④帰責事由(428条参照)である。

 Aからは、本件売買契約は利益相反取引(356条1項3号)に当たるとしても、必要な手続きは経ているのであるから、任務懈怠がないとの反論が想定される、

(1)利益相反取引規制(356条1項2号、3号)の趣旨は、取締役の権限濫用を防ぎ、会社の利益を保護する点にある。そこで、間接取引(356条1項3号)に当たるか否かは、客観的外形的に見て会社の犠牲で取締役に利益が生じる形の行為か否かで判断する。

 確かに、本件では、甲社は、Eと本件売買契約を結び、Aとは同契約を結んでいないため、直接取引には当たらない(356条1項2号)。しかし、本件売買契約の経緯は、Aが本件土地についてEとトラブルになり、そのトラブルを解決するために土地を買い取ることにあった。また、Aは、本件土地を自分で購入する資金がなかったことから、甲社を利用して本件土地を購入している。さらに、Aは、甲社の100%株主であり、甲社の実質的所有者であるから、甲社の契約とAの契約は同視できる。 

 以上に鑑みれば、甲社の資金5000万円の犠牲で、Aにトラブル解決という利益が生じているので、間接取引にあたる。

(2)上述のように必要な手続きは経ているものの、423条3項によれば、間接取引をし、会社に「損害」を生じさせた場合、任務懈怠が推定される。ここで、Aから、甲社の経営は順調であり、本件売買契約締結後も、その運転資金が枯渇することはなく、近い将来に甲社が資金ぐりに困ることが予想される状況ではなかったため、「損害」が生じていないとの反論が想定される。

 しかし、本件土地が甲社の事業に使われる予定だったという事情はなく、本件売買契約後も甲社で利用されることなく放置されていた。そうすると、本件売買契約を締結しなければ、甲社において全く利用価値のない本件土地を購入せず、甲社が5000万円を支払う必要はなかったという意味において、5000万円全額について甲社に損害が生じている。

 よって、Aの反論は失投であり、任務懈怠が推定される。

 本件では、Aの任務懈怠を覆す事情はなく、さらに、Aは、本件土地の評価額は、見積もっても1000万円程度であることを知っていたのだから、任務懈怠の推定を覆すことはできない。よって、Aに任務懈怠がある(①)

 (3)上記のように「損害」(②)もあるし、因果関係もある(③)。Aは、上記の通り、本件土地が1000万円の評価額であることを知っていたのであるから、帰責事由がないとはいえない(④)。

(4)以上より、Gの請求は認められる。

第2 設問1 小問2

1 乙社は、「役員」たるAに対し、429条1項に基づく損害賠償請求を行う。

 前提として、429条の法的性質は、株式会社が経済社会において重要な役割を果たしており、その活動が取締役の職務執行に依存していることから、法が役員等に課した法定責任である。

 そこで、「職務を行うについて悪意または重大な過失」とは、任務懈怠と、それについての悪意重過失を意味し、「損害」は、直接損害間接損害問わず、任務懈怠と相当因果関係(「よって」)にあるすべての損害が含まれる。

(1)Aは、甲社の代表取締役であるから、善管注意義務(330条、民法644条)及び忠実義務(355条)を負っている。そして、甲社は、平成27年頃から、営業利益が絵減少し始めたものの、運転資金が枯渇するような状況ではなかったものの、Aは、本件債務の発生当時、本件債務を含む甲社の債務の履行のために運転資金が足りなくなれば、本件定期預金を取り崩すか、担保に入れることにより対応することを予定していた。

 そうだとすれば、Aは上記義務の一内容として、本件債務を返済するために、会社財産を適切に維持管理する義務を負っていた。

 にもかかわらず、会社に不必要な本件土地を甲社の資産を用いて購入し、本件債務に充てる予定だった本件定期預金をとり崩して購入が行われているのであるから、上記義務に違反している。

 よって、任務懈怠がある(①)

(2)甲社は、Aの上記任務懈怠により、実質的な債務超過に陥り、また、本件土地には担保的価値がないために短期の融資を受けることもできず、事業活動を継続できなくなっていることから、乙社に3000万円を返済する資金がない。そうすると、乙社に3000万円の「損害が発生しているし、損害とAの任務懈怠との間に相当因果関係もある。

(3)Aは、甲社の代表取締役であり、会社の資金関係について熟知しているはずだから、上記任務懈怠について少なくとも重過失がある。

(4)以上より、乙社の請求は認められる。

第3 設問2 小問1

1 Iの原告適格について

(1)Iは、831条1項に基づき、本件決議1の取り消しの訴えを提起している。もっとも、Iは、HとともにAを共同相続して、株式を準共有している。Iは、Hとともに権利行使者について協議せず、会社に通知しておらず(106条本文)、会社の同意もない(106条但書)ため、「株主」たり得ないのではないか。

ア 訴訟提起も会社に対する権利行使の一種であり、実質的に見ても会社運営の便宜を図った同条の趣旨が及ぶ、

 したがって、訴訟提起の場合も、106条本文に基づき権利行使者の指定通知をなす必要がある。もっとも、会社に訴訟上の防御権を濫用し、著しく信義則に反すると認められる特段の事情があれば、この限りではない。

イ 仮に、甲社が、Iによる訴訟提起の際、権利行使者の指定通知がないことを理由に、Iの原告適格を争うとすれば、本件決議1において、I・Hによる権利行使者の指定通知がないことに対して、会社が同意し、Hに対して議決権を行使させ、本件決議1が有効に成立していることと矛盾することとなる、この甲社の行為は、106条規定の趣旨を同一訴訟手続内で恣意的に使い分けるものであり、訴訟上の防御権を濫用し、著しく信義則に反するといえる。

 よって、Iに106条の指定通知、同意は不要であり、Iは、「株主」にあたり、原告適格が認められる。

2 訴えの利益について

(1)訴えの利益とは、取消訴訟において、当該決議を取り消すことの法的必要性実効性をいう。もっとも、本件決議1の後、本件決議2により、BHJが再び選任されているから、訴えの利益を欠かないか。

(2)本件決議1が取り消されると、本件決議2を招集した代表取締役Jが、本件決議1の当初から、取締役でなかったことになり、適法な株主総会招集権者ではなくなる(296条3項)。適法な招集権者ではない者が招集した株主総会は、瑕疵の程度が甚だしく、決議不存在になる(830条1項)。そうすると、決議1が取り消されるか否かが、決議2が不存在か否かを決める先決問題になる。

 よって、決議2の不存在確認訴訟を併合提起すれば、決議1を取り消す法的必要性実効性があるので、訴えの利益が認められる。

3 本件訴えにかかる請求について

(1)Iは、本件決議1において、IH間の協議なく、会社が同意したことを持って、Hに議決権行使をさせたことが民法252条1項違反であり、決議方法の法令違反(831条1項1号)があると主張する。

ア 前提として、権利行使者の決定は、持分の過半数で決する。同決定は、管理行為(民法252条1項)に当たるからである。

 そして、106条本文は、民法の共有に関する特別の定め(民法264条但書)にあたり、106条但書は、会社の同意がある場合、106条本文の適用が排除され、原則規定である252条1項が適用されることを規定したものである。

 そこで、252条1項の規定に従わなければ、会社の同意があっても、同条違反になる。

 イ 本件では、IH間において、本件準共有株式について権利を行使する者の指定も含めて、何一つ合意をすることができていない。そうすると、持分の過半数で権利行使者の指定があったとはいえず、252条1項の規定通りに指定が行われていない。

 よって、同項違反があり、決議方法の法令違反がある。

(2)本件準共有株式は4万株におよび、Hが権利行使できなければ、そもそも定足数(341条)を欠くため、「違反する事実が重大でなく、かつ、決議に影響を及ぼさないものであるとき」(831条2項)とはいえない。よって、裁量棄却もない。

 よって、Iの主張は認められる。

第4 設問2 小問2

1 訴えの利益の定義は上述のとおりである。

 もっとも、本件決議1においては、B CDが再任されており、本件決議2では、Bが引き続き選任されている。

 本件決議1の以前から、Bは取締役であり、甲社は、取締役会設置会社であるから、取締役は3名以上でなければならない(331条5項)。そして、欠員が生じた場合、346条に予知、新たな役員が選任されるまで、当該取締役は、役員としての権利義務を有する。

 そうすると、本件決議1が取り消されても、Bはなお、本件決議2の適法な招集権者となるから、本件決議1が取り消されることにより本件決議2に影響が及ぶわけではない。

 よって、本件決議1を取り消す必要性・実効性はなく、訴えの利益は否定される。

以上

 

設問1の問1問2共に何が論点になるのかわからず、とりあえず423条、429条の要件を一通り検討し、反論で使えそうな事実をそのまま問題文から引っ張り出して、ムリヤリ問題の所在を設定した。
429条の典型論証を吐き出していた時、隣のおじさんが突然手を上げた。「あぁ、トイレか、時間足りるのかなぁ。」なんて思った刹那、そのおじさんは、周りに聞こえるようなハッキリとした声で「試験放棄します。」と言った。普通に動揺した。地獄のような一日目を受け、二日目も試験に臨もうと試験会場までその足で歩いてきたことは確かなので、少し考えてしまった。せめて小さい声で周りに聞こえないように言って欲しかった。ただ、動揺しつつも脳死で論証を吐き出していたため手は止まらなかった。その後は、「放棄する人が実際にいるくらい過酷な試験と向き合っている」という意識が芽生え、自分を鼓舞しつつ冷静に論じることができた。

設問2は、TKCの問題と論点が同じだったので、回答の筋道はたったが、小問2の条文が思いだせず適当な条文を引用して結論を導いた。

設問1が終わっていたので、設問2がはねてもB評価だろうなと予想。蓋を開けるとA評価。採点実感等を見ると、設問1は問題の所在に気がついている人がそもそも少数。設問1で差はつかず、基本問題たる設問2で勝負がついたようだ。やはり、皆解けないところは無難な論述に終始(問題の所在規範当てはめの形を最低限守って事実をできるだけ引用する)し、予備校論証で対応できる部分はより事実を引用評価し厚く論述すれば、相対的に沈むことはないのだろう。