令和5年司法試験 労働法 再現答案

第1問 

時間90分(構成15分)4枚丁度 

 

第1 設問1(以下、条文数のみは労働契約法)

1 Xは、Y社に対して、労働契約上の権利を有する地位にあることの確認請求を行う。もっとも、Y社は、Xを、Y社就業規則(以下、「Y規則」)35条に基づき、自然退職したものとしているため、両者間の労働契約は終了しているのではないか。

(1)前提として、Xの休職がそもそも有効か問題となる。私傷病休職制度は、「合理的」(7条本文)であり、Y規則31条に定めがあり「周知」されている。そうすると、私傷病休職制度は、XY社間の労働契約の内容になっている。そして、Xは令和元年9月ごろ、私傷病であるうつ病を発病しているから、Y規則31条1号の「私傷病」により、「なお就労することができない」といえる。

 よって、Xの休職は有効である。

(2)もっとも、Y規則34条は、31条1号の事由により休職を命ぜられた社員が復職しようとするときは、「復帰が可能」と認めた時、「復職を命ずるもの」と定めている。そうすると、Xの「復帰が可能」な場合、Y社は、Xに対して復職を命じなければならない。そこで、Xの「復職が可能」か否か問題となる。

ア 前提として、XY社間で職種・勤務地限定合意が成立していたか検討する。合意が成立していたか否かは、当事者の合理的意思解釈により決する。

 Xは、約500名の社員を擁するIT企業Y社に、担当職種の限定なく、期間の定めのない労働契約を締結し、プログラマーシステムエンジニアとして就労を始めている。そうすると、職種限定合意が成立していたとは考え難いし、その他に職種限定合意、勤務地限定合意が成立していたことを窺わせる事情はない。

 よって、両者間に同合意は成立していない。

イ 次に、Xが他の職種に就労できることをもって、「債務の本旨に従っ」た(民法493条)履行があり、「復帰が可能」ということができないか。

 ①労働者が職種や業務内容を締結せずに労働契約を締結した場合において、②その能力、経験、地位、企業における労働者の配置・移動の実情及び難易等に照らして、当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ③その提供を申し出ているならば、「債務の本旨」に従った履行がある。そのように解さなければ、当該労働者の能力、経験、地位等に関わりなく、現に就業を命じられている業務によって、労務の提供が「債務の本旨」に従ったものになるか否かが左右されることになり不合理だからである。

 上述のように、Xは、担当職種の限定なく、期間の定めのない労働契約を締結している(①)。また、Y社は、500名の社員を擁するIT企業であり、比較的規模が大きい。そうするとY社において、Xがプログラマー兼エンジニア以外に配置される現実的可能性がある他の業務が存在していたといえる。

 そして、主治医Aから交付された診断書には、復職は、「不可能ではないが、複雑な業務の遂行は未だ困難と思われる」と記載されているのみであり、Xは複雑な業務以外、すなわち事務職等であれば職務を遂行できる可能性があった。よって、Xは、Xが配置される現実的可能性のある他の業務について労務の提供をすることができる(②)

 しかし、判定委員会がXに対して、復職は難しい旨伝えた際、Xは、「プロジェクトリーダーとして期待される役割を全うする自信はある」等といい、現職での復帰を強く希望している。それを踏まえて判定員会が、復職可能とは認められないと判定しているため、Xは、②の業務について労務の提供を申し出ているとはいえない(②)

 よって、③を満たさず、Xは、「債務の本旨」に従った履行の提供をしていない。

(3)そうすると、Xは、「復帰が可能」といえず、さらに、令和3年6月30日をもってY規則35条所定の「33条の期間を満了しても復職することができない」といえるから、Xは同条により自然退職となる。

2 以上より、Y社がXを自然退職したものとしたことは妥当であり、Xの請求は認められない。

 

第2 設問2

1 Xは、Y社に対して、①労働契約上の権利を有することの地位確認請求及び②未払い賃金請求を行う。もっとも、Y社は、Xを、Y規則35条に基づき自然退職したものとみなしているため、両者間の労働契約は終了しているのではないか。

(1)前提として、Xの休職期間延長が有効か問題となる。Xは、「私傷病」により、休職しているため、「31条1号の事由による休職」(Y規則33条柱書本文)をしたといえる。また、Xは、平成15年4月から、Y社との間で労働契約を締結しているから、「勤続年数が10年を超える者」(同条3号)にあたる。よって、Y社は、1年6ヶ月を超えない範囲で、Xに休職を命じうるところ、Y社は、Xに対して2ヶ月の延長を指示しているため、Xの休職期間延長は有効である。

(2)次に、Y社は、Xに対して、休職延長期間を延長し、その間軽易な業務を行わせている。そこで、この軽易な業務に就労可能であることをもって、「復職が可能」(Y規則34条)か。上述のように、XY社間で職種・勤務地限定合意は成立していないため、第1、1(2)イの基準で「復帰が可能」か判断する。

 Y社は、Xに対して、「週3日の隔日勤務、勤務時間を午後1時から午後5時までの4時間とし、就労状況を観察して徐々に業務量や労働時間を増やしていく」という案を提示し、X を、本社総務課の事務職として就労させている。上述の通り、A作成の診断書には、復職は、「不可能ではないが、複雑な業務の遂行は未だ困難」と記載されているのみである。そうすると、同診断書に基づけば、Xは、複雑な業務を伴わない、事務職に就労することが可能であり、Y社において、Xが配置される現実的可能性のある他の業務が存在するといえる。

 しかしながら、Xは、かかる軽易な業務をもってしても、2年間ほどで体調不良となり、同月中旬頃から欠勤を重ねるに至っている。また、Xは、本社総務課で就労を再開した際の労働条件が加重であったと主張するが、事務課における業務は、定型的な業務が中心であり、さらに、システム開発課における業務よりも日々の繁忙度は低かったのだから、この主張は妥当でない。そうすると、Xが配置される現実的可能性のある業務があるとしても、Xは、かかる業務に就労することができないと評価できる(②)。

 よって、Xは、「復帰が可能」といえず、Y社がXに復帰を命じなかったのは妥当であるため、Xは、Y規則35条より、自然退職したものとみなされる。

(3)以上より、請求①は認められない。

2 もっとも、Xは体調不良になる前の二週間は、Y社より命じられた事務職について就労しているため、同期間のみ「債務の本旨に従っ」た履行がある。

 よって、同期間のみの未払い賃金請求は認められる(②)。

以上

第2問

時間90分(構成15分)4枚丁度 
 

第1 設問1(以下、条文数のみは労働組合法)

1 C組合は、行政救済として、労働委員会に対し、A社がC組合の団体交渉の申し入れを拒否したことが、団交拒否(7条2号)に当たることに基づき、団交応諾命令、ポストノーティス命令を求めて、不当労働行為救済申立てを行う(27条)

 もっとも、C組合の組合員は、B社に雇用されている労働者であるため、C組合員とA社は労働契約の当事者ではない。そこで、A社がC組合員の「使用者」(7条柱書)といえるか問題となる。

(1)労組法の趣旨は、「労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図る」(2条柱書本文)ために団体交渉を促進する点にある。とすれば、労組法上の「使用者」を労働契約の当事者に限定する必要はない。

 具体的には、基本的な労働条件について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定できる地位にある者は、その限りで、「使用者」に当たる。

(2)確かに、C組合の組合員は、B社に雇用されており、A社と労働契約上の当事者関係にない。しかし、B社は、労働者派遣事業その他の事業を営む会社であり、その雇用する添乗員をA社に派遣している。そして、派遣された労働者は、基本的には、A社が各ツアーの催行に際し旅程を踏まえて作成する計画書に基づいて添乗業務に従事していた。また、A社は、同労働者に、業務従事日には日報を提出させ、必要に応じて添乗員に連絡すること等により、添乗員が、添乗業務に従事する時間の管理を行なっていた。そうすると、A社は、B社より派遣された労働者の労働時間について管理、決定する立場にあり、同労働者の労働時間に関する労働条件を自由に決定する地位にあったといえる。

 そして、C組合が、A社に対して団交を申し入れた事項は、C組合の組合員である添乗員の労働時間管理の改善に向けた事項であり、まさに、A社が決定できる事項である。

 よって、A社は、同申し入れ事項に限り「使用者」に当たる。

2 そして、上記の通り、A社の、B社に雇用されている添乗員で組織する労働組合であるC組合との団体交渉に応じる立場にはないとの主張は妥当でなく、さらに「正当な理由」(7条2号)を窺わせる他の事情はないため、A社の申し入れ拒否は、団交拒否に当たる。

3 以上より、C組合の請求は認められる。

第2 設問2

1 Dは、令和3年協約に基づき、支払い猶予分の賃金及び、遅延損害金の支払い請求をおこなう。

 前提として、C組合とA社との間で、令和3年協約が締結されていることから、Dに同協約の規範的効力(16条)が及び、DとA社との労働契約の内容をなしているか問題となる。

(1)労働協約の締結にあたっては、その時々の社会的経済的条件を考慮して、総合的に労働条件を定めていくのが通常だから、その一部のみを捉えて有利不利ということ妥当でない。もっとも、労働組合は、「労働条件の維持改善その他経済的地位の向上を図ることを主たる目的」とする(労組法2条柱書)から、労働協約が特定または一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど、労働組合の目的を逸脱して締結されたと認められる場合には、同協約の規範的効力が及ばない。具体的には、不利益の程度、変更の必要性、内容の相当性、手続きにかかる事情を総合判断して決する。

(2)確かに、基本給1割の猶予は、働いた月に基本給が支払われない点で、労働者の経済生活に少なからぬ影響を及ぼす。しかし、それは基本給の1割に過ぎず、今まで支払われていなかった割増賃金は月末に払われることになるため、Dに与える不利益が大きいとはいえない。また、B社の事業は、近年低調で、経営が悪化していたため、割増賃金と基本給の調整をする高度の必要性があった。さらに、令和3年協約は、C組合の規約に定められた手続きを経て締結されているため、必要な手続きも踏んでいる。

 以上に鑑みれば、令和3年協約は、Dという特定の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたとはいえず、労働組合の目的を逸脱して締結したとはいえない。

 よって、令和3年協約は、DB社間の労働契約の内容になっている。

2 もっとも、続けて、C組合とB社は、令和5年協約を締結し、支払猶予分の賃金債権を放棄する旨の合意に達している、そこで、同協約が、DB間の労働契約の内容をなしているのではないか。

(1)第2、1(1)の基準で判断する。

(2)前提として、賃金債権の放棄は、「賃金」の「一部を控除」(労基法24条1項但書)するものに他ならないから、同項但書の要件を具備する必要がある。

C組合は、B社に雇用されている添乗員の6割で組織する労働組合であるから、「過半数で組織する労働組合」に当たる。そして、C組合とB社は労働協約を締結しているため、「書面による協定」がある。

よって、同項但書の要件を満たす。

確かに、支払猶予分の賃金債権放棄は、基本給1年分の1割の請求権を放棄するものであり、C組合員に与える不利益の程度は大きい。しかし、同協約を締結する際のB社の経営状態は、令和3年協約締結時よりもさらに悪化しており、令和3年協約で合意された、支払猶予分の賃金の支払いを行うことができていない、そして、賃金債権を放棄しなければ、B社が組合員の解雇に踏み切ったり、将来に渡り、賃金を減額する措置に出たりする事態に陥る等、賃金債権の放棄以上の不利益を被ることが予想される。そうすると、令和5年協約を締結する高度の必要性があった。

 内容としても、上述の通り、基本給の1割であり、解雇や賃金減額に比べれば相当であるといえるし、令和5年協約も、令和3年協約と同様、必要な手続きを踏んだ上で締結しているため、手続きの妥当性もある。

 よって、令和5年協約に規範的効力が生じ、D A社間の労働契約の内容をなしているため、Dの請求は認められない。

 以下を、第1、2の冒頭に挿入

 A社が、団体交渉を「正当な理由がなく」拒んだといえるためには、少なくともC組合が申し入れた事項が義務的団交事項にあたる必要がある。

 労組法は、「労働者が使用者との交渉において対等な立場に立つことを促進することにより労働者の地位を向上させること」等を目的としていること(同法1条1項)に鑑みれば、義務的団交事項とは、①組合員たる労働条件その他経済的地位に関する事項又は、労使関係の運営に関する事項であって、②使用者に処分権限があるものをいう。

 C組合がA社に申し出ている事項は、労働時間管理の改善に向けた事項であるところ、B社雇用の労働者の労働時間という労働条件に関する事項にあたる(①)

 そして、上述のように、A社は、B社から派遣されている労働者の労働時間について管理する地位にあるのだから、労働時間についてA社に処分権限があるといえる(②)。

 よって、C組合の申し入れ事項は義務的団交事項にあたる。

以上

 

一科目目+極度の睡眠不足ということで、多少の焦りがあった。あと、問題冊子破りづらい><

第1問は、問題となる論点がわからず大分困惑した。アガルートの論証には休職制度プロパーの論証は載っておらず、休職制度を扱っていたH28年司法試験を想起して、丁寧に条文検討を行い、問題の所在を洗い出した。設問2については、設問1との違いがわからず、やっつけで設問1と同様の規範を用いた。

第2問・設問1は、労組法上の使用者概念が問題になることが問題文から明らかだったので、アガルートの規範をそのまま用いようとした。が、規範をド忘れするという脳内バグが生じ、冷や汗で答案がびしょびしょに濡れそうになった。結果的に思い出すことができたので良かったが、このような経験は二度とゴメンだ。義務的団交事項について検討するのを忘れていたが、なんとか思いつき最後に無理矢理挿入した。設問2は、問題の所在がわからず、労働協約の拘束力の問題として適当に処理した。

よくわからない問題で、判然としなかったため、もらえて50点だろうなと予想していた。予想に反して62点だったことを踏まえると、労働法は、たとえ論点がわからずとも、丁寧な条文検討と、問題文の事情を使い切ることで沈まない答案を作成できるようだ。