2021年度東北大学法科大学院前期入試 再現答案 刑事訴訟法

設問1

 本件公訴事実は、「Yと共謀の上」と記載されている。共謀共同正犯の訴因では、共謀の日時・場所を比較的詳細に表示することが可能である場合でも、起訴状では単に「共謀の上」とだけ表示される。このような訴因の記載は、「できる限り」(刑事訴訟法[以下、法令名省略]256条3項)訴因を記載したとは言えず、訴因の特定を欠くのではないか。「できる限り」の意義が明らかでなく問題となる。
 訴因特定の趣旨は、裁判所に対して審判対象を明確にするとともに、被告人の防御の範囲を示す点にある。もっとも、訴因は第一次的には前者にその趣旨があり、かつ被告人の防御は起訴状提出以後の過程で柔軟に対応すれば足りるから、他の犯罪事実と識別が可能な程度に特定されていれば足りると解すべきである。
 刑法における共謀共同正犯理論からすれば、共犯者間の共謀及び、そのうちの少なくとも誰か一人による犯行が立証されれば足り、共謀の日時・場所は「罪となるべき事実」(構成要件該当事実)として不可欠のものではない。したがって、単に「共謀の上」とだけ記載しても、訴因の特定を書くものではないと解すべきである。
 本件でも、「Yと共謀の上」という記載で、訴因は特定されているといえ、罪となるべき事実を特定したものと言える。

設問2

 当事者主義的訴訟構造(256条6項、312条1項など)の下、裁判所の審判対象は一方当事者たる検察官の主張する具体的事実である訴因に限られる。
  ここで、裁判長による求釈明に基づいて、検察官が釈明した内容であっても、検察官が主張した具体的事実であることに変わりはない。したがって、検察官が釈明した内容の事実も訴因を構成するというべきである。
 本件では、検察官が②の内容の釈明をしているため、「実行行為者はXであり、Yは共謀共同正犯である」という内容は訴因になる。

設問3

 本件では、検察官は実行行為者はXであると主張しているのに対し、裁判所は「X又はYあるいはその両名」と認定して有罪の判決を下そうとしている。この場合、裁判所は訴因変更なくして、有罪判決を言い渡すことができるか。
 訴因制度の趣旨は設問1でも論じたように、審判対象確定機能と防御権告知機能にある。そして主たる趣旨は前者にあり、後者はその裏返しに過ぎない。
 そこで、まず、審判対象確定のために不可欠な事実が変動した場合には、訴因変更が必要である。
 しかし、それ以外の事実であっても、争点明確化の観点から、その事実が訴因において明示され、それが一般的に被告人の防御にとって重要である場合には、原則として訴因変更を要する。
 とはいえ、審判対象確定のために不可欠な事実以外の事実は、訴因制度とは無関係な争点明確化の観点から要求されるに過ぎない。とすれば、審理経過等から、被告人にとって不意打ちとならず、かつ不利益とならない場合には、訴訟経済の見地から訴因変更せずとも足りる。
 本件では、実行行為者を示す具体的事実について変更が認められる。実行行為者が誰であったかという点は、審判対象確定の見地から不可欠ではないというべきである。共謀共同正犯理論からすれば、数人の共謀・少なくとも一人の実行行為があれば、全員が共犯者として責任を負うからである。
 他方、実行行為者と認定されると、情状が重くなり得る事を考えると、被告人の防御にとって重要な事実であると言える。
 しかし、本件の争点は「V殺害実行者は誰であるか」であり、公判では、この争点に関するあらゆる可能性につき、検察官及び弁護人による詳細な主張・立証が展開されている。加えて、Xの弁護人はXのアリバイ事実も主張しているため、上記のような認定をしたとしても、Xの不意打ち、不利益となるものではない。
 したがって、例外的に訴因変更は不要である。
 以上より、裁判所は訴因変更をすることなく、有罪の判決をすることができる。